カルタヘナの負の世界遺産であるサン・フェリペ要塞へ行って来た☆コロンビア

コロンビアの北にあるカルタヘナは街自体が世界遺産でもありますが、その中の一つであるサン・フェリペ要塞に以前から行きたくて、この度行くことが出来たので、その時の状況をご紹介いたします

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サン・フェリペ要塞とは

サン・フェリペ要塞は世界遺産「カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群」の一つであり、数ある要塞の中の一つです。

要塞は湾や潟湖の入り口ごとに堅牢な要塞が造られたのですが、防衛機能の中心を担ったのがこのサン・フェリペ要塞なのです。この要塞は「南米大陸におけるスペイン工兵技術の傑作」と評されており、イギリス海軍やフランス海軍との侵略戦争において重要な役割を果たしたと言われています。

そして一番重要なのは、このカルタヘナという湾岸都市やサン・フェリペ要塞はアフリカから連れてこられた大量の黒人奴隷達によって造られたものなのです。

そもそもスペイン植民地時代、このカルタヘナは南米における金・銀などの高価な品を管理・運営・輸出する拠点となった街であり、それらの高価な品を他国から守るためにこの要塞群が造られたのです。

彼らは自分達の富を守るために、アフリカから何の罪もない人達を奴隷として連れてきて、強制的に労働させ、堅牢な要塞を築き上げたのでした。

そういう意味でこのサン・フェリペ要塞を含むカルタヘナは負の世界遺産の一つとして挙げられています。

入場料

サン・フェリペ要塞の入場料

一人:25000ペソ(約1000円)

思っていたより高かったです。世界遺産だから維持費や修繕費などがかかるので仕方ないのだと思いますが。

サン・フェリペ要塞内

チケットを購入して、中に入るとフェリペ要塞を下から眺めることになります。

IMG 4615

ただ、要塞が大きすぎて全体を把握しきれないです(笑)

この要塞の面白いところは、要塞内の結構奥まで行けるというところです。遺跡などやこういう古い遺産というのは奥深くまで行くのをすぐに止められてしまうことが多いのですが、かなり奥深くまで入り込めた感じでした。

IMG 4620

ただ地下に降りていったところ、地下に水が溜まってしまっていて、奥に行けないという状況になっていました。

中はある程度電灯が点いていますが、入るときには懐中電灯(スマホのライト)が必須だと思います。一箇所真っ暗すぎて行くのを止めてしまった場所もありました。

多分大丈夫だとは思うのですが、その時は観光客も少なかったのもあって、人気が一切なく漆黒の奥に進むのをためらってしまいました(笑)

IMG 4637

要塞は結構広くて歩くのに時間がかかりますし、特にこういう順番で周るように指示されているわけではないので、どこまで周ったのかわからなくなってしまいます。

IMG 4639

しっかりと作り込まれた要塞で、年季は入っているけどそれでもかなり良い形で残っています。

この要塞を作るのはかなり苦労したでしょうね。

要塞内での説明

要塞内では各ポイントにスペイン語と英語の説明が書かれています。

ですが、僕が見きれた中で奴隷の事について書かれた説明文は一つだけしかありませんでした。

IMG 4151

ここに書かれた文章をgoogle翻訳で日本語にすると

「最初の砦、塹壕、堀、塀が建設された16世紀のカルタヘナ城塞の建設をスペインの王冠が始めた。 1586年、ドン・フアン・デ・テジャダとエンジニアのバウティスタ・アントネッリは、フィリップ2世によるカリブ港の要塞を担当した。アントネッリの1594年の計画に基づき、最初の小屋は木材、穀物茎、地球は1597年に始まり、石造りでは1614年にエンジニアのAntonelliの甥Christopher de Rodaによって始まりました。それは、職人、囚人、奴隷の労働を持つ軍事エンジニアの指示の下で、XVⅢ世紀の初めに締結されるプロジェクトでした。」

となります。ちょっと日本語的におかしいところがありますが、概要は分かるかと思います。

奴隷に関する記述はたったこれだけでした。

もっと奴隷がどこからどのように連れてこられて、どのように働かされていたかなどが分かるかと思っていましたが、ほとんどそのような記述はありませんでした。

しかし、実際には30万人もの黒人奴隷が連れてこられて建設に関わったとされており、要塞の大きさや立派さからしてそれでもかなりの時間を費やしたと思われます。

感じたこと

僕が実際にこのカルタヘナの街に行って、この要塞を見て感じたのは人間の欲望や帝国主義の自己中心的な他国征服や人身売買に対する強烈な嫌悪感でした。

昔の世界は、日本もそうであったように戦国時代であったため、弱肉強食の世界がもはや当たり前であったのだとは思いますが、現代に生きる僕からしたらとても恐ろしいものです。

自分達の都合の良いように勝手に他国を支配下に置き、その国から取れる金・銀・畜産物などなどを搾取し、それらを守るためにさらに違う国から罪もない黒人を連行して、要塞作りをさせ・守らせる。

もう二度とこのような世界が来ないことを願わずにはいられませんね。

是非カルタヘナへ行かれるのなら、この要塞群を目の当たりにして、当時を感じてもらえたらと思います。

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コメント

  1. あえん より:

    私も同じ場所に行きましたが、単に古い建物だけが残っている場所で、帝国主義や人身売買などの嫌悪感は感じませんでした。日本のお城も何重ものお濠があって、それを作るために多くの人が駆り出されて建築したでしょうし、他藩を責めたり守ったりしてきたと思います。ピラミッドだって奴隷が作りました。スペインは、それをグローバルに実行しただけじゃないんですか? 私はだだ、奴隷にならないように知識や力をつけないとと思いました。

    • ノブ より:

      あえん 様

      僕も今となっては感じることは変わってきていますが、この時自分が知っていた限られた背景などからこのように感じたんでしょうね。
      むしろ今となっては昔日本軍が他国の捕虜に対して行った残虐行為などを知って、スペインやその他の国だけを責める事などできないと思っています。ただ、昔の日本も含めて帝国主義に対する嫌悪感は残りますが・・・
      ピラミッドに関しては奴隷が作ったのではなく、エジプトの王達がちゃんと仕事として人を雇って造られたという説も出てきていますね。歴史というのは解明が進むにつれて一気に変わってくるところが面白いですね。
      あえんさんが感じられた事も実際に行かれての事なので、その気持ちを大切にして頂きたいと思います。
      時間を取ってコメントをして下さり、ありがとうございました。